日記 2008年 1月     



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2008年1月1日(火) 晴れ晴れ
2008年 新しい年です

 みなさん、明けましておめでとうございます。 昨年中は、ありがとうございました。 新しい年の始まりです、みなさんのご多幸をお祈りいたします。 そして今年も、宜しくお願い致します。

 年の始まりですが、二日酔いの方も多いでしょう。 きょうは、簡単に書いて、ご挨拶とさせて頂きます。 きのうの大晦日は、午前中から飲んでいました。 午後から、飲み疲れで横になります。 そのまま、夜まで寝てしまいました。
 起きたのが、午後11時です。 ちょうどいい時間ですよね。 外は、花火に爆竹、大音量の音楽にダイナマイトも炸裂しています。 盛り上がっている田舎街です。 アイリーンが、年越しそばを玄関先に持ってきました。
 薬味のネギに海苔はいいのですけれど、どんぶりに盛られたそばに、そばにつゆがありませんよ。 どうやって食べるのでしょう、考えても始まりません。 台所に行って、麺つゆを水で薄め沸騰させ、そばつゆを作り、そばにかけます。
 そばなど食べたこともないのでしょう。 作り方が分からなければ、聞けばいいと思うのですが、聞くのはプライドが許さないフィリピン人です。 しかし、そばつゆがないそばなんて、よく作るなぁ、お正月から1本取られてしまいました。
 ということで、始まる今年1年ですが、本年も家族一同、よろしくお願い致します。 デッカチ君が、爆竹で目を怪我しました。 いいバチ当たりですね。 神様は見ているのですね。



 もう、おとそやおせち料理にお雑煮で1杯、なんて方もいるのでしょう。 私ですか、私はハムエッグとトーストの朝食です。 あと、フルーツですね。 南国のお正月です、おせちなんて、夢のような物はありません。 
 まあ、年越しそばを食えただけでも、よしとしなければなりません。 きょうから、また普通の日なのでしょう。 いつも通りの生活が待っています。 


2008年1月2日(水) 晴れ晴れ
最初の犠牲者

 すみません、本日出かけなければならないので、手短に書かせて頂きます。 今朝、アイリーンが、裏庭へ行くと、仔ウサギがいないといいます。 私も、裏庭へ行き、ウサギを探します。 ウサギ小屋の、網が一部破損しています。 
 まさか、仔ウサギが、金網を破るわけがありません。 どこへ逃げて行ったのだと探していると、繋がれているはずの犬が、裏庭を走り廻っています。 お前か犯人は、と思い、ウサギを探すと、豚小屋の前に白い塊があります。
 ダメ、喰い千切られています。 ご愁傷様です、バカ犬に、一部食べられたのでしょう。 無残な姿で、横たわっています。 しかし、なぜ、犬の鎖が外れたのかですよね。 いままで、鎖を外して、走り廻るなんていうことはありませんでした。
 まあ、ウサギの肉を食べたいなんていう奴は、決まっていますが、それにしても、犬を放つとは知能的。 とっつぁんが出てきて、仔ウサギをつまみあげ、どっかへ消えてしまいました。 農場にでも、持って行き、埋葬でもしてくれるのでしょうか。
 そんなことで、元旦が命日となってしまった、かわいそうな仔ウサギの話でした。 そろそろ、出かける時間です、いまごろとっつぁんは、農場で新年のバーベキューでもやっているのでしょう。 それではこれで。
 

2008年1月3日(木) 晴れ晴れ
陸の孤島

 きのうは、新年会のお誘いがあり、出かける予定で、朝から準備をしていました。 準備も整い、アイリーンと娘ガキを連れて、ハイウェイに出てバスを待ちます。 ところが、バスが止まりません。 帰省から戻る客で満員なのです。
 3台4台とバスは通り過ぎていきます。 時間も過ぎていきます。 行き先は、スービック・ベイです。 オロンガポに出て、ジープニーでスービック・ベイのゲートまで行き、そこからタクシーで目的地まで向かいます。
 冷房のバスで、オロンガポまで1時間ちょっとです。 オンボロのミニバスですと、2時間掛かります。 冷房バスは止まりませんが、ミニバスも満員です。 とても2時間立ちっ放しで、バスに揺られる気にもなりません。
 そんなことで、お誘いを受けて申し訳なかったのですが、新年会には、出席することができませんでした。 みなさん、申し訳ありませんでした。 バスの他に、交通手段がないのですから、しょうがありません。 陸の孤島と化した、田舎街でした。
 部屋に戻れば、ぐずるガキです。 私だって、うまいものを食べたいのだ。 いまごろ、お雑煮やお寿司にお刺身、とんかつに天麩羅、そして豪華なおせち料理なんかを食べて、ワイワイやっているのかと思うと、涙が出ますね。
 玄関先で、ビコールのスキンヘッドを見ながら、ビールを飲んでいると、アイリーンが、買い物にでも行く、と言います。 そうね、こんな時には、買い物もいいでしょう、ということで市場に買い物へ出かけました。
 いろいろと食材を買い込んで、ブタの餌も買って、新しく出来たというパン屋で、バンとケーキも買って家へ戻ります。 カレーでも作りますか、ということで、私が、カレーを作ります。 カレーを煮込んでいると、ガス切れです。
 いつものことです、裏庭で薪を焚いて調理しましょう。 楽しいな、お寿司に天麩羅はないけれど、カレーのお正月、ここはフィリピン、これでもじゅうぶん贅沢なのです。 たっぷり作りましたので、きょうもカレーです。
 魚は、刺身に出来るほど新鮮な魚を、燻製 (くんせい) にしたものがあります。 生魚を食べる習慣のないフィリピン人です、生魚を食べないとは、猫にも劣る味覚の持ち主と言わざるを得ません。 朝食は、冷たいカレーにパンです。 ガスがないのだから、仕方がありません。





 正月も3日目です。 考えてみれば、元旦にビール1本、きのうビールを2本飲んだだけの正月です。 なぜ、正月に健全な生活になってしまったのか、全ての原因は、陸の孤島です。 正月くらいは、バスを増便してほしいものです。
 きょうは、凧揚げやコマ回しよりも、やはり玄関先でのビールです。


2008年1月4日(金) 晴れ晴れ
大魔境の狩人

 リッキーとケチ女房が、大喧嘩です。 喧嘩の原因は、ケチ女房の里帰りです。 正月に女房の実家にでも行くと、約束でもしたのでしょう。 しかし、マニラの愛人宅には、ノコノコ出かけても、女房の実家には、行かないリッキーです。
 ケチ女房の実家は、北の秘境、アブラというところです。 ここから行くにしても、1日掛かりの遠い魔境です。 山の上なので、気温は氷点下、市場やサリサリまでは、車で1時間、白熊が生息するという、真の大魔境です。
 身も心も凍る、人跡未踏の大魔境で暮らすには、珍獣を求めて、魔境の狩人にならなくてはなりません。 凍土に行って、頭を冷やしてこいリッキー、寂しかったら、玄関先の巨大スピーカーを持っていけ。 少しは、ケチ女房の気持ちも考えてやれよ。
 ガキどもは、そろそろ学校かなと思ったら、来週の月曜日からの登校になるみたいです。 でも、デッカチ君の通う、大都会オロンガポの学校は、一足先に始業式みたいです。 夕方から、ラニーと帰り支度を始めるデッカチ君です。
 帰り支度も終わり、帰るのかなと思ったら、僕のウォークマンがない、と言うデッカチ君です。 ないんじゃないだろう、帰りたくなくて隠したんだろう。 みんなでウォークマンを探します。 デッカチ君は、その間、探そうともせず表で遊んでいます。
 アイリーンが、タンスの上のウォークマンを発見しました。 覚悟を決めたのか、ラニーに見送られ、バスに乗り込むデッカチ君です。 ああ、静かになったと、10分もしないうちに、デッカチ君が、家に戻ってきます。 
 途中下車して、戻ってきたのです。 激怒するラニーです。 またバスに乗せて送り出します。 いくらバカでも、もう戻ってこないだろうと思っていたら、見事に舞い戻ってくる 大バカオカマ野郎のデッカチ君、ラニーが激怒、送り出す、舞い戻るの繰り返しです。
 結局、翌日学校なのに、泊まっていくことになりました。 翌日、午前5時のバスに乗せて、やっと追い返したラニーでした。 本当に迷惑なんだから、もう来ないでいいからね、デッカチ君。



 なんだかんだと、冷奴まで食べてしまった正月です。 でも、きのうもビールは2本だけです。 陸の孤島、盛り上がらず、健康的なお正月でした。  


2008年1月5日(土) 晴れ晴れ
白玉ぜんざい

 裏庭で、ペッタンペッタンと音がします。 餅でもついているのかなと思い、裏庭に行ってみると、ラニーが、力まかせに粉をこねています。 なんでも、フィリピン風ぜんざいを作っているのだそうです。 名前は、ギナタアン・ビロビロです。 
 ココナッツミルクに砂糖を入れた汁に、米粉のダンゴと芋とタピオカを入れて煮込みます。 お正月ですよ、そこまでやるのなら、なぜ、お雑煮を作れないのでしょう。 もち米を蒸かして、ラニーがこねたら、天下一品のお餅が出来るのに。
 しばらくして、裏庭に行くと、寸胴いっぱいのビロビロ (たまたま) が出来上がっています。 白玉ぜんざいってとこでしょうか、ラニーは、すでに立ち食い状態で、パクついています。 だれも取らないんだから、座って食べたらどうですか。
 私には、甘くて、とても食べられません。 醤油味にすれば、うまい すいとんにでもなるのでしょうね。 ビールのつまみにもならないビロビロを、アイリーンが食べるのを見ながら、玄関先で飲んでいると、全面スモークガラスの、白い高級外車が、家の前に横付けします。
 なんだ、月光仮面でも来たか、いや、月光仮面は白い旧式のバイクだぞ、と思っていると、車から金髪の外人が出てきます。 おめでとうございますって、外人が日本語を喋るか、よく見れば、SATORUさんではありませんか。
 SATORUさん は、 タマ総料理長 の近所の、カステリオスという街に住んでいます。 私の家に近いビーチで、サーフィンを楽しんできたそうで、その帰り道に寄ってくれたわけです。 まあ、新年です、飲みましょう。
 ということで、やっと私は、新年らしく盛り上がることが出来ました。 SATORUさん、ありがとうございました。 



 きょうは、 hiroさん の送別会を兼ねた新年会があるそうです。 きょうこそは、行きますよ。 さて、準備をして出かけることにします。 


2008年1月6日(日) 晴れ晴れ
さんまの蒲焼が・・

 今朝起きると、しまった! きのうの後半のことを覚えていない。 きのうは、オロンガポに豪邸を構える、強面 (こわもて) の、渡辺謙さんの家におじゃましました。 新年会と hiroさん の送別会です。
 自宅を出て、 カステリオスの総料理長 の住む、料亭「たま」に寄ると、なんとも香ばしい匂いがします。 総料理長が、餃子を仕込んでいるのです。 中に1個だけ、梅干し入りの餃子があるといいます。
 さあ、餃子を持って、オロンガポへ出動です。 途中、バリオバレットで、hiroさんと、チンさんを拾い、一路現場へと向かいます。  サーファーのSATORUさん も、合流して謙さんの家へと向かいます。
 無事に、謙さんの家に着き、新年のご挨拶をすると、いきなりビールです。 謙さんの奥さんが、手製のカレーライスをごちそうしてくれます。 餃子を焼くタマ総料理長、そのうち、長期滞在の日本人の方も集まります。
 ビールから、焼酎、焼酎からテキーラへと、お酒は際限がありません。 バカ話をしているうちに、私は記憶がなくなりました。 梅干し入りの餃子は、誰が食べたのでしょう。 そんなことは、どうでもいいことです。
 帰り際にピザを食べたのは覚えています。 謙さん、ごちそうさまでした。 そして、タマさんの車で、自宅まで送ってもらったわけですが、あれっ! ポケットにさんまの蒲焼の缶詰が、手には日清のシーフードヌードルが。
 すみません、謙さん、私が泥棒です。 いや〜、まいったまいった。 ということで、みなさんに大迷惑を掛けてしまったわけです。 この失態については、後日きっちりと清算させて頂きます。 新年から、前後不覚になるとは。
 でも、声が出なくなり、頭に傷を負った巨匠を思えば、かわいいものですよね。 さて、さんまの蒲焼でもおつまみに、きょうは楽しく過ごしましょう。



 ひざ小僧が、擦りむけています。 自業自得というのでしょう。 アイリーンが、チーズ食べてもいいなんて、えっ! チーズまで持ってきていましたか。 いいでしょう、食べなさい、証拠は早いうちに隠滅しなさい。
  

2008年1月7日(月) 晴れ晴れ
また逢う日まで

 玄関先で、田舎では最高級とされる、缶ビールをたしなんでおりました。 なぜ、缶ビールがあるのだろう。 まあ、そんなことは、どうでもいいじゃありませんか。 気持ちよく飲んでいると、お〜いなんて、呼ぶ声がします。
 見れば、昨日送別会をやってあげたばかりの、 バロイビーチのhiroさん と、料理の鉄人の域を超えた超料理人、 料亭「たま」のご主人 が手を振っています。 ということは、おいおい、また送別会の続きですか。
 まあ、お正月です、いいでしょう。 あっ! ビールめっけ、なんてhiroさん。 どこから持ってきたの、その缶ビールなんて、鋭い質問をします。 まあ、クリスマスの残り物、とでも言うしかありません。 
 おかしいなって、2日間も続けて送別会をする人のほうが、よっぽどおかしいでしょう。 新年会で食べた、お雑煮に、煮物、お寿司は、おいしかったねと始まる2人です。 ああ、そうですか、おい、アイリーン! 料理を2〜3品減らしなさい。
 いつものように、暗くなるまでの宴会です。 そろそろ、hiroさんは、引越しや会社への挨拶と、忙しくなるのだと思います。 頑張って仕事をして稼いで、早く、マニラからお土産を送って下さい。
 そろそろ帰ろうかと、タマ総料理長がバスを待っているのに、まだ腰を落ち着けて飲む hiroさんです。 私も、ケチ女房がそばに居たので、ケチ女房のケツを触ってやります。 きゃ〜なんて、酔っ払いの目の前に、女のケツがあれば、誰でも触るでしょう。
 さあ、バスが来ました。 お開きです。 タマさん、ありがとうございました。 hiroさん、お元気で。 みなさんが帰られた後に、私の泥棒の師匠の、ビコールから、泥棒のイロハを教えてもらいました。 
 泥棒をしても、絶対に認めないことという、すごい教訓を頂きました。 私は、やっておりません。




 
 今朝アイリーンに、もう缶ビールはないでしょうと聞けば、あと2本あるよと言います。 あらら、バロイの巨匠にも飲ませて、同罪にしておくのでした。 さて、きょうアイリーンは、オロンガポですか、昼間はゆっくり出来そうです。   


2008年1月8日(火) 晴れ晴れ
迷子の迷子の仔猫ちゃん

 きのうから、ガキは学校です。 さあガキが、学校に出かけようかなという時間に、ハイウェイでは、パレードです。 延々と続く車列に、ガキの登校も遅れます。 歩いても10分くらいの学校に、トライシクルで行く、わがままな娘です。
 ガキも、学校へ行き、部屋に戻ったアイリーンです。 ちょっと暑いんじゃないと、扇風機のスイッチを捻ります。 廻らない扇風機に、壊れているんじゃない、それとも停電なのと怒るアイリーンです。 まあまあ、落ち着いて、コンセントを差し込みましょうね。
 この日、オロンガポへ行く予定のアイリーンです。 ケチ女房を連れて行くと、ケチ女房を待ちますが、なかなか姿を見せないケチ女房です。 そのうち、昼飯の時間になってしまいました。 飯を食べようかなと思うと、ガキが昼飯を食べに、戻ってきます。
 部屋に飯を運ばせて、おいしく食べていると、タンスの引き出しから、ゴソゴソと音がします。 なんだと思い、引き出しを開けてみると、なんと、仔猫が引き出しの中で遊んでいます。 飯もそこそこに、アイリーンを呼びに行きます。
 その引き出しの中には、アイリーンの下着類が入っています。 激怒するアイリーンです。 なんでこんなことをするのよって、全部洗濯しなきゃならないでしょうと、私を攻め立てます。 私 じゃありませんよ。
 飯時に、そんな小汚い猫に触るわけがないでしょう。 じゃあ、誰がやったのよって、バカに決まっているでしょう。 バカを呼んで、問い詰めると、やっていないとサラリと言います。 じゃあ、やっぱりあなたでしょうって、私じゃありませんよ。
 オロンガポへは、午後から出かけたアイリーンとケチ女房です。 帰りは案の定、午後の10時を廻っておりました。 私の晩飯は、ビックマック1個だけでしたが、ハンバーガーでなかっただけ、気を遣って買ってきてくれたのでしょう。



 きょうは、メイドのおばさんの娘が、後日アメリカ人と結婚するというので、洋服を作りにバリオ・バレットまで出かけます。 バナナの繊維で出来た、バロン・タガログの上着と、黒ズボンを作ってくれるそうです。 お代は、もちろんアメリカ人が、支払います。
 黒い靴だけ用意しないとなりませんが、洋服が貰えるわけですから、そのくらいはいいでしょう。 結婚式に行くときになったら、また報告したいと思います。 そんなことで、お昼から出かけますね。


2008年1月9日(水) 晴れ晴れ
衣装合わせ

 2日間、夜中に汗をびっしょり掻いて寝ました。 風邪ですね、熱があります。 寝ていると暑いのですが、かと言って扇風機を掛けると、寒気がして眠れません。 今朝は、少しよくなったみたいです。 そんなことで今朝は、ホットミルクから始まります。
 熱が出て、体調の悪いきのう、メイドの娘の住む、バリオ・バレットへと行ってきました。 アメリカ人と結婚するというので、結婚式に着る、私の正装をプレゼントしてくれるということですので、行かないわけにはまいりません。
 アイリーンとラニーとケチ女房も、一緒に出かけます。 会う約束の時間は、1時です。 家を出たのが、1時過ぎです。 ケチ女房の仕度が終ったのが、1時でした。 約束の場所に到着したのが、2時半頃でしょうか、別に、私の用事ではないのでいいのですが。
 バレットで、メイドの娘がやっている、パブに連れて行かれました。 アメリカ人が、やらせているのでしょう。 赤い看板で、水着の女性の絵が描いてある、いかにもそれとわかるパブです。 女の子のお値段ですか、1,200ペソだそうです。
 サンミゲルビールを出され、飲みますが、調子が出ません。 1本飲むのがやっとです。 あっ、お店は6時に開店ですから、お店には、女の子はいませんよ。 だから調子が出なかったのかって、それもあるのかもしれません。
 そして、バレットからオロンガポへと、ジープニーで向かいます。 衣装を作るお店が、オロンガポにあるのだそうです。 そうしたら、最初から、オロンガポを待ち合わせ場所にしろよ、アメリカ人ですよね。
 こじんまりとした衣装屋です。 巻尺で、背中から腰までの長さ、ウエスト周り、腰から踵(かかと)までを測って、はいお終いです。 そのあと、熱に震える身体で、黒靴とシャツを買いに行きました。
 アメリカ人が、ファーストフードでも食べようと誘いますが、ただでさえ寒気がする私です。 冷房の効いたところには入れませんので、丁寧にお断りをして、食事は、アイリーンに行ってもらいました。 私は、オロンガポのバスターミナルで、椅子にうつ伏せになって待ちます。
 ラニーとケチ女房は、オロンガポのデッカチ君が、行方不明になったというので、デッカチ君を探しに行きます。 なんだかんだと待たされて、家に帰り着いたのが、もう夜の8時です。 帰れば、デッカチ君が、家の中にいるではありませんか。



 デッカチ君は、同級生の首を絞めて、殺そうとしたそうです。 なので、1週間の停学処分になったようです。 小学生で停学ですよ、この先どうなることやら。 またバカが居るのかと思えば、治る風邪も治らなくなってしまいます。
 さてと、トイレ、朝のミルクは効きますね。 きょうは、安静に寝て過ごすことにします。
    

2008年1月10日(木) 晴れ晴れ
マリカーの薬代

 デッカチ君は、ラニーと前夫の子供で、前夫が引き取り、オロンガポのアパートに住んでいます。 学校は、当然オロンガポですよね。 小学生のぶんざいで、停学になったデッカチ君です。 同級生殺人未遂事件での停学です。
 同級生の首を絞めて、殺そうとしたわけです。 オロンガポの家には、恐い親父がいるので帰れません。 なので、ラニーの住むこの家に、逃げて来たわけです。 停学2日目のきのう、アイリーンの携帯で、学校にメールを送信したらしいのです。
 メールの内容は、学校をぶっ壊してやるという、過激なものです。 驚いた学校側は、親を呼びつけるのですが、前夫を呼べばいいものを、留守だったのか、なぜかラニーが、オロンガポの学校まで出向くことになりました。 
 学校に入学する頃には、確かに親だったのでしょうが、前夫が引き取った、バカデッカチのために、なんでそこまでやってやるのだ。 デッカチ君は、メールをしたあと、アイリーンの携帯を庭に投げつけたと言います。 悪すぎるぞ!
 ラニーと なぜかケチ女房で、オロンガポの学校へと出かけました。 そのあと、鼻歌を歌いながら、シャワーなんか浴びるデッカチ君です。 余裕のデッカチ君です。 あとでシャワールームに行ってみると、やられました。
 私のおろしたてのシャンプーが、すごい減り方をしています。 いくら頭がデカイからといっても、コップに半分ものシャンプーを使いますか、シャンプーは、もう使わせません。 私の部屋へと持ち帰りキープします。
 ビコールワイフが窓越しから、マリカーが風邪をひいたと言います。 私にうつされたのだと言います。 だからなんなのだと聞いていると、マリカーの薬を買うから、ベッドのシーツを買えと、ベッドシーツを突き出します。 250ペソだと言います。 
 じゃあ、アイリーンに、250ペソ分の薬を買ってきてもらい、薬とシーツを交換する、と言うと、ワイフが、薬はそんなに要らないから、現金でくれと言います。 だったらシーツじゃなくて、安いものを持って来いよ、薬1個20ペソだろうに。
 それに、マリカーは元気に、私からもらったお菓子を食べながら、遊んでいるじゃないか。 しょうがない、どこから かっぱらってきたシーツかは知りませんが、マリカーのためにと思い、買ってあげました。



 オロンガポから帰って来た、ラニーとケチ女房の話では、デッカチ君が、学校側に ごめんなさいと言わない限りは、学校へは戻さないとのことです。 なんだ、ずっとここに居ることになるの、まあ、それもいいでしょう。
 そのうち、ビコールワイフが、半殺しのコテンパンにやっつけてくれるはずですから、そのときに泣いても遅いのですよデッカチ君、私は知りません。 きょうも午前中横になって、風邪を治したいと思います。  
 

2008年1月11日(金) 晴れ晴れ
ガラスの海

 きのうで、停学3日目のデッカチ君。 学校と、殺し損ねた同級生に、謝罪に行くことになりました。 午前中、1人でオロンガポまで出かけて、お昼過ぎには戻って来たデッカチ君です。 本当に謝ってきたのでしょうか。
 娘ガキが、学校から昼飯を食べに戻ってきますが、足を引きずっています。 捻挫をしたのだと言います。 ということは、午後から学校に行かないということですね。 お兄さんのデッカチ君と、存分に遊ぶための仮病なのでしょう。
 バカ兄妹の二重奏で始まる、午後からの暴れ三昧は、ついにリッキーの堪忍袋の緒を、プッツンと切ってしまったのでした。 遊んでいるうちに、次第にエスカレートするバカ兄妹に、ラニーが、注意をします。
 面白くないデッカチ君は、持っていたスナック菓子を、リビングにぶち撒けます。 怒るラニーに、こんどは、コーラを撒き散らします。 決め手は、コップです。 なんとデッカチ君、コップをリビングの床に叩きつけて、粉々にしてしまいました。
 リビングや家の中は、みんなが裸足で歩くところであり、これは許される行為ではありません。 リッキーが怒鳴ります。 あわてて表へ逃げるデッカチ君です。 玄関先で、リッキーが大声で、デッカチ君に罵声を浴びせます。
 リッキーが、デッカチ君の親父に、このバカを連れ戻しに来いと電話します。 バカがいなくなって、清々していた親父でしょうが、どうやら連れ戻しに来ることになったようです。 夕飯時に、デッカチ君の親父が、オロンガポから到着です。
 帰りたくないよと泣くデッカチ君ですが、連れ戻されるようなことをしたのだから、しょうがありません。 親父が、みんなに謝ったかどうかは知りませんが、デッカチ君を連れて、オロンガポへと帰って行きました。
 きょうも、デッカチ君は、停学の身ですが、まさかもう来ないでしょう。 娘ガキは、捻挫も治ったのか、踊りながら学校へ行きました。 あしたは、アメリカ人とメイドの娘の結婚式です。 いま少し、体調を整えないとなりません。



 風邪薬が強いのか、昼間は寝たきりになっています。 おかげで酒も、この2日間飲んでいません。 明日の宴会に備え、きょうも寝たきりで過ごしたいと思います。 


2008年1月12日(土) 晴れ晴れ
僕・・僕だよ・・・

 ガキどもの居ないきのうは、ゆっくりと夕方まで寝転がっていました。 夕方、玄関先に出て涼んでいると、物売りのおばさんが、やってきます。 品物は衣類です。 きょう、アメリカ人とメイドの娘の結婚式があるので、それを察知しての物売りです。
 どこで、結婚式の情報を聞きつけてきたのか、ビニール袋に衣類を詰め込んで持ってきました。 私には、ベルトを持ってきたみたいで、一応見せてもらいました。 黒い、革のベルトが2本あります。 仮面ライダーの変身ベルトでないことを確認して、腰に巻いてみました。
 1本は、痩せた私の身体にも巻けないほど短いものです。 もう1本は、身体をふた周りもするような、長いベルトです。 なるほど、小人と巨人のベルトですね、要するに、売れないベルトを安く仕入れて売りつけようということですか。
 値段を聞くと、300ペソだそうです。 売れ残りの、小人と巨人のベルトですよ、こんなもの、日本でも100円で買えますよ。 身体に合わないものを、買うわけにはいきませんので、今回はということで、お断りいたしました。
 アイリーンは、かわいそうだからと、Tシャツなんかを買ってあげましたが、それはそれでいいでしょう。 そんなことをしていると、学校から娘ガキが、白鳥の舞を踊りながら帰ってきます。 いいな君は、頭が真っ白で。
 ビコール家の裏庭に、ひっそりと生っている食用バナナが、見事な実をつけています。 ワイフのふるさとのミンダナオバナナです。 隠して栽培しているつもりなのでしょうが、同じ敷地内ですから、みんなにはバレバレです。
 1本盗って、食べようかなと思いますが、ワイフにバレれば、腕の1本はないでしょう。 4本盗れば、両手両足をもぎ取られ、ダルマになるしかありません。 ダルマって、使ってはいけない言葉なのでしょう。
 いまでもあるらしいのですが、誘拐した人間や、奴隷として買った人間を、逃げないようにと、手足を切断してしまうのですね。 遊びの道具にと、人間をしてしまうわけです。 やめましょうね、こんな話は。
 夜、飯も食べ終わり、寝ようかなと思っていると、玄関を誰かがノックします。 誰なの、こんな夜中にと、リビングに居たアイリーンが、声をかけます。 すると、僕、僕だよと、聞き覚えのある声が。 玄関を開ければ、そこには巨大な頭が。
 出たな! デッカチのお化けか、いや本物だ! 昨日の今日、という言葉を知らないのか! なに、親父と学校に謝りに行っている隙に逃げ出してきただと。 いやはや、とんでもないバカがいたものです。


 
 戻って来たデッカチ君です。 きょう、結婚式に一緒に行くと、駄々をこねています。 みんな行くのだから、連れて行かないわけにもいきません。 ぶっ壊してもらおうじゃないか結婚式、さあ仕度をして、みんなで出かけましょう。


2008年1月13日(日) 晴れ晴れ
ビコール一家は欠席

 行ってきました結婚式。 おっかさんの親戚で、家でメイドをしている おばさんの娘の結婚式です。 結婚する相手は、アメリカ人という、メイドのおばさんにすれば、大当たりってところでしょうね。
 さて、我家からは、総勢10数名の出席です。 人数が多いので、近所のタクシーを頼むことにしました。 バス代が、1人100ペソとして、1,000ペソ以上の出費となります。 タクシーは、1台を1日貸切で、1,500ペソです。 往復80キロです。
 タクシーといっても、バンタイプの車ですので、何人でも乗れます。 現地での移動もしてくれますし、大人数ですと、何かと便利です。 なんか知らないうちに、招待もされていない、近所のおばさんまで乗り込んでいます。
 まず、バリオ・バレットの新郎新婦の家に行って、着替えをします。 その後、同じバレットの教会で、結婚式に参加して、終れば、バロイビーチのゲータ・ウェイというレストランで披露宴です。 その移動がタクシーというわけです。
 結婚式ですからね、そんなに面白い事件など起こりません。 披露宴には、もちろん一般の現地人は入れませんが、招待客のお友達であれば、大目に見てくれます。 ですから、披露宴の席が、足りなくなってしまいます。 だだ飯には、みんな集まりますからね。 
 特別な招待客には、特製の料理です。 他は、バイキングでどうぞという方式ですよね。特製の料理より、なんかバイキング料理のほうが、おいしそうなので、両方食べましたが、残りはみんなで持ち帰りです。 
 アイリーンは、ビニール袋に いっぱいのサラダを詰め込みます。 おっかさんは、鳥の唐揚げを、近所のおばさんは、ケーキですね。 当然、アメリカ人も多数参加しています。 その中での、お構いなしの袋詰めですから、アメリカ人も、さぞびっくりして見ていたと思いますよ。
 私も一応招待客なので、ささやかなプレゼントと、ご祝儀を包みます。 ご祝儀の値段ですか、私は、200ペソも包みましたよ。 タクシーや、なんだかんだと、結婚式のために、2,000ペソも使ってしまった1日でした。
 安いよって、そうですか。 10数名参加した、我家ですからね。





 バロイビーチで、強面(こわもて)の渡辺謙さんが、バーベキューをやっているとの情報がありましたが、正装に黒靴の姿で、雨も加わり、顔を出すことが出来ませんでした。 謙さん、ごめんなさいね。 こなくてよかったって、そんなこと言わないで下さい。
 浴びるほど飲んだきのうでしたが、なんか今朝は体調がよくなっています。 身体を動かし、飲んだせいでしょうか、それとも、まだ酔っているのでしょうか。 持ち帰ったサラダでも食べて、ビタミンを補給します。 


2008年1月14日(月) 晴れ晴れ
盗まれた刺激

 きのうは、刺激のない1日でした。 たまには、こんな日もないと、ゆっくり暮らせませんからいいのですけれど、まあ、寝るしかないというのも、退屈というのか、贅沢というのか、お天道様に申し訳ありません。
 デッカチ君は、農場へ修行に行ったのですが、娘ガキとチビ軍団が家には居ます。 とりあえず、部屋にカギをして、ガキの侵入を防ぎます。 部屋で寝転がっていると、窓から、ノートやボールペンを、私の部屋へ放り込むバカガキです。
 いらないのだなと判断して、ノートとボールペンは、ゴミ箱に捨てておきました。 これからは、そのへんに放ってあるものは、ゴミ箱にぶち込むことにしましょう。 後片付けをしないのであれば、私が、すべて処分をさせて貰います。
 そのうち、物資の不足に気付くのでしょう。 ノートがないだの、ボールペンがないだのと、なかったら買いにいけや、このバカ! となります。 財布からかっぱらったお金は、きちんとしまい込むのに、なんで衣類やオモチャはしまい込めないのでしょうね。
 昼飯に、アイリーンが、ピザを作ってくれました。 ドアを開けて部屋へ運んできますので、当然、娘ガキも、喰いたさ一心で付いてきます。 結婚式の披露宴から持ってきた、サラダの盛り合わせが、副采として添えられています。
 タバスコは、と聞くと、全部使ったでしょうと言います。 えっ、誰が・・ 瓶に半分残っているのを、私は覚えています。 アイリーンと台所に行ってみれば、なるほど、タバスコの瓶は空っぽです。  
 誰が使ったのかは知りませんが、タバスコを確認してから、ピザを作ってほしかったものです。 部屋へ戻ると、あろうことか、ピザ半分と娘ガキが消えています。 頂戴と言えばあげるのに、なんで、かっぱらっていくのだ。
 せっかくのサラダも、ドレッシングが甘くて食えません。 すでにサラダの上に、ドレッシングがかけられているので、どうしようもありません。 ピザを2切れ3切れ食べて、昼飯はお終いです。 これが、刺激のない原因でした。 タバスコの刺激です。
 オロンガポから、花嫁のお母さんであるメイドのおばさんと、お父さんがやってきました。 夕方から、宴会が始まりますが、もちろん私は参加しません。 今朝、ビコールが、まだ酔っ払っているらしく、喚(わめ)き散らしています。
 酔えば、なにが起きても不思議ではありません。 現地人との飲み会などには、近付かないようにしている私です。 



 晴れ渡る青空のもと、月曜の朝からゲロを吐いているビコールが眩しい。 アイリーンは、朝からオロンガポへ出かけました。 午前中は、ビコールの酔いが醒めるまで、部屋で待機します。


2008年1月15日(火) 晴れ晴れ
おでき人間

 きのうは、成人の日で、日本は休みだったのですね。 すると、きょうから仕事だぜ、なんていう方も多いのでしょう。 お前はいいな、毎日が休みじゃないか、昼寝をして、酒を飲んでかと仰いますが、私も日本では、真面目に働きました。
 こちらに移住するには、お金が必要です。 日本での私は、サラリーマンです。 会社の社長でもなんでもありません、ただの平社員でした。 将来、年金だけでは食べていけないと思い、蓄財に走りました。
 都合のいいことに、私はバツイチの独身で、家も車も持っていません。 家族や子供もいないわけですから、貰った給料は、全部、私のものになります。 毎月掛かるのは、家賃と水道光熱費だけです。 食事や飲み代は、会社の経費で落とせます。
 出不精の性格のため、休みの日は、どこへも出かけたりはしません。 そうして浮いたお金を、毎月10万、20万と貯めたわけです。 ボーナスは、借金がありませんから、手付かずで、まるまる残ります。
 8年ほど前に、アイリーンと日本のフィリピン・パブで初めて知り合い、現在に至るわけですが、PPにだって、毎日通っていたわけではありません。 1週間か2週間に1度のペースです。 アイリーンは、日本へ3度ほど働きにきました。
 その後、タレントの訪日が難しくなり、来れないのであれば、私が行くしかないかな、ということになったわけです。 ビザは、退職者ビザを取得しました。 永住ビザですね。 50才以上であれば、250万くらいで取得できます。
 子供でも出来れば、アイリーンとの結婚も考えていますが、神様が、まだ子供を授けてくれません。 本当は、結婚の手続きが、ただ面倒くさいだけなのです。 あれっ、毎日昼寝をして、酒を飲める生活の説明で、きょうの日記が、完結してしまいました。
 きのうの出来事を少々。 玄関先でビールを飲んでいると、裏庭から異臭がします。 裏庭に行ってみると、ガキどもが、プラスチックを燃やしているのですね。 燃えカスから、銅線を取り出して計量しています。 
 くず鉄を売って、小遣いにでもするのでしょう。 こいつらの将来の縮図を見た思いです。 学校へも行かずに、こんなことばかりをやっています。 どうしたアディン、耳の横に、直径5センチはあろうかという、おでき。 
 なんの祟(たた)りか、因縁か、不憫(ふびん)なガキは、救われないと言わんばかりの、大おでき。 辛抱するんだアディン、おできが治れば、傷跡が残り、顔に箔が付くというものだ。 



 こんな私でも、こちらで、なに不自由なく暮らしています。 移住をお考えのみなさん、不可能ではありませんので、あとひと踏ん張り頑張って下さい。 きょうは、リッキーの誕生日です。 お酒くらいは、プレゼントしてあげましょうか。  


2008年1月16日(水) 晴れ晴れ
フィリピン産 エスカルゴ

 きのうは、リッキーの誕生日でした。 午後の4時から宴会ということで、じっと部屋で待機していました。 すると表から、呼ぶ声がします。 日本語だ、誰かなと窓を覗くと、黒塗りのバンが表に停まっています。
 車の中から、これでもかと言わんばかりの、強面(こわもて)の顔が笑いかけています。 なんなんだいったい、恐い顔で笑わないで下さいよ。 正体は、オロンガポの渡辺謙さんです。 なんでこんなところへ来ますか。
 子供を学校に預けて、待ち時間が暇なので、オロンガポからやって来たと言うのです。 なんともお暇なことで。 偵察だなんて言っていましたが、その通り、5分で帰って行ってしまいました。 こんど来るときは、ゆっくりしていって下さいね。
 刻々と近づく誕生日の宴会です。 ビールを飲みながら、その時を待ちます。 庭にテーブルが設置され、人々が集まってきます。 私も片隅に座ります。 さぞ、立派な料理でも出るのかな、と思っていると、まずはビーフンです。
 お酒は、ジンです。 ショットグラスに注いだジンを、生(き)のまま一気飲みして、水を飲んで腹の中で薄めます。 私は、そんな気違い飲みはいたしません。 ジンの水割りに、カラマンシー(かぼすのような物)を絞って、上品に召し上がります。
 次に出てきた料理は、タニシです。 フィリピンのエスカルゴとでも言うのでしょうか、現地人の肌に、勝るとも劣らないような黒光りを発しています。 タニシを食べては、ジンをグイグイあおります。 こんな連中と、長居は無用です。
 私が、プレゼントにあげたジンは、大瓶で4本です。 1本空けたら、退席しないと、どんな事件に巻き込まれるかもしれません。 あれよあれよという間に、ジン1本が、空になったので、私は眠いからと退席いたしました。
 ゲテモノタニシの次に、どんな料理が出たのかは、分かりませんが、今朝起きて庭先を見れば、タニシの殻が、一面に散らばっています。 夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡、っていう感じですね。



 午前9時、おっと、停電です。 しばらく読書をして、昼飯をパクついていたら、おっと、回復です。 そんなことで、更新が遅れてしまいました。 ご心配お掛けいたしました。 心配なんてしてないよ、とまあ、そんなことを言わないで下さい。
 さて、きょうも、楽しく過ごすことにしましょう。
 

2008年1月17日(木) 晴れ晴れ
カステリオス軍団

 きのうは、午前中停電で、久しぶりに小説なんかを読んでいました。 昼になり、電気が回復したので、日記をアップしていると、窓から誰か覗いています。 なんだなんだ、あれっ、 カステリオスの総料理長 ではありませんか。
 いい塩辛が出来ましたよと、塩辛を持ってきてくれたのです。 昼時です、各家庭の味を調べている、総料理長は、我家の味もチェックします。 それって、昼飯を食いに来たんじゃないの。 塩辛とライスでいいかなと思いましたが、そういうわけにもいきませんよね。
 こちらで農業を営もうかという、 らんどさん という方がおりまして、どこかアパートがないか、と言う話になり、アパートを見学することになりました。 私の家から、歩いて1分のところに、手頃な物件があります。
 ワンルームで、ベッド付き、キッチンにシャワールームも、もちろんあり、こぎれいなアパートです。 家賃は、月2,500ペソです。 塀に囲まれた中には、大家が敷地内に在住していて、犬が警備員として、不審者の見張りをしている、治安のいいところです。
 部屋の中は、大家不在でカギがないということで、見られませんでしたが、私は、過去に中を見たことがあります。 いつの日記だったか、確か、中を紹介していると思います。 いいアパートじゃないですか、なんて話しながら、家に戻ります。 
 ビールなんか飲んで、雑談をしていると、同じ、カステリオスから、 サーファーのSATORUさん が、奥さんと、同居人を連れてやって来ました。 律儀(りちぎ)にも、お酒なんか持ってきてくれました。
 飲まないわけにはいきませんよね。 みんなで、酒盛りです。 料理長は、先に帰ったのでしょうか、その後、カラオケ屋に、SATORUさんファミリーと乗り込みます。 飲んだ飲んだ、ビールも1ケースが空になったのでしょうか、もう時間は12時です。 
 私は、昼から夜まで、12時間飲みっぱなしです。 勘弁してください、ということで、先に失礼して飲み屋を後にしました。 それにしても、SATORUさんのタガログ語の饒舌なことには、驚きでした。
 好きこそ物の上手なれ、っていうことですかね。 タマさん、SATORUさんファミリー、ありがとうございました。 



 さて、飲みすぎましたので、きょうもお昼寝からということで。
 

2008年1月18日(金) 晴れ晴れ
心温まるクソババア

 今朝、リビングからバカ笑いが聞こえてきます。 どうしたの、と聞けば、とっつぁんが掃除をしているのだ、と言います。 なんでとっつぁんが、と聞けば、きのう酔っ払って、リビングに小便をしたのだそうです。
 きのうは、前日のカラオケ屋での、飲みすぎの反動で二日酔いです。 二日酔いには、ビールくらいが、ちょうどいいのでしょう。 そんなことで、玄関先でビールを飲んでいました。 アイリーンが、ブタの餌がなくなったから、買ってくるねと。
 だから、ブタの餌代を頂戴と言います。 餌代って、あげているでしょう。 それとも、ラニーが、ブタの餌代で、自分の腹を肥やしたとでもいうのですか、でも仔ブタには 罪はありません、仔ブタのためです、目をつぶりましょう。
 お金は、日本円です。 じゃあ、買いに行ってくるねって、日本円ですよ。 あとで、両替するんだもんって、ブタの餌代を、きちんと持っているんじゃありませんか。 ブタの餌を買うのに、市場へ ラニーと娘ガキを連れて行く、アイリーンでした。
 アイリーンが、出かけたあと、ヨボヨボのおばあさんが、ちまきのようなものを売りにきました。 話を聞けば、物売りではないみたいです。 身内に不幸があって、お金がないので、カンパを求めているらしいのです。
 ちまき1本、10ペソです。 おっかさんが、4本買ってあげていました。 困ったときには、お互いさまです、心温まるおばあさん同士の交流です。 タカリババアとは、えらい違いですよね。 最近見かけないけれど、ポックリ逝(い)ったか。
 さあ、ブタの餌を抱えて帰ってきた、アイリーンとラニーです。 手には、袋いっぱいのマンゴも抱えています。 そろそろ、フルーツが出回る時期なのですね。 そういえば、来月から乾期になるのではないですか。
 乾期になれば、海、川、山、ジャングルと、遊ぶ場所はたくさんあります。 バーベキューセットを持って、どこでもバーベキューを楽しめる日も近いということです。 灼熱の太陽、フィリピンの夏も間近です。



 ちまきを配って、葬儀費用の足しにしていると書きましたが、人が亡くなれば、各家を廻り、10ペソずつ集めるそうで、そのついでに、ちまきを売って儲けているのだそうです。 不幸を商売にしてしまうという、なんという ふとどきなババア。
 考えれば、心温まる話など、あるわけがありません。 だだのクソババアだったわけです。 きょうも晴れ渡った空、ビールがうまい1日になるのでしょう。 


2008年1月19日(土) 晴れ晴れ
目覚まし貯金箱

 目覚まし時計の付いた、鍵付きの貯金箱を、娘ガキが持っています。 1度目覚ましが鳴れば、鍵を開けないと止められません。 その目覚まし時計が、午前3時に、けたたましく私の部屋で鳴り響きました。
 なんで午前3時に、叩き起こされなければならないのか、とりあえず、目覚ましを止めなければなりません。 鍵は、ガキが持っていますので、リビングで寝ているガキの枕元に、鳴り響く目覚まし時計を置くことにします。
 枕元で、目覚ましが鳴っては、いくら寝坊のガキでもたまりません。 起きて、鍵で貯金箱を開けて、目覚ましを止めています。 それにしても、どういうことなのだ。 なにっ、5時にスクールバスで、パンパンガに水泳に行くだと。
 ならば、1人で起きて、勝手に行けばいいだろう。 なんで私の部屋に、目覚ましなど仕掛けておくのだ。 ガキが、いっしょに行こうよって、誰が行くかよ。 目覚ましの音に起きてきた、ケチ女房が、私がいっしょに行くと、支度を始めました。
 しょうがなく、アイリーンが、2人のために台所でお弁当を作ります。 そのすきに、ガキとケチ女房が、私の部屋にある、スナック菓子やパックのジュースをカバンに詰め込みます。 おい! それ、私の食料だぞ、2リッターのコーラに、マンゴまで持って行きますか。
 そんなことで、バカとケチは、朝も明けぬ暗いうちに家を出て、パンパンガへと出かけて行きました。
 きのうは、 総料理長 からもらった、手作りの塩辛がありましたので、それをつまみに、玄関先で1杯です。 午後の4時ころですか、もうすぐ晩飯の時間だというのに、おやつを食べている、ラニーとアイリーンです。
 テレビにかじりつき、なにを食べているのかな、と思い覗けば、てんこ盛りの大飯を喰らっています。 おやつに飯はないだろう、それも、てんこ盛りときましたか、晩飯も てんこ盛りでしょう。 たまりませんよね。



 きょうは、夜中に起こされましたから、昼寝をしないとだめでしょう。 読書でもして、昼寝をして、それから家の警備にあたりたいと思います。


2008年1月20日(日) 晴れ晴れ
メイドの制裁

 先日、結婚式を挙げたばかりの、アメリカ人。 なにを血迷ったのか、妻の働くパブの個室で、他の女と浮気をしているところを、見つかってしまいました。 ただでさえ目立つ、でかい図体(ずうたい)ですから、個室から、身体の一部でもはみ出していたのでしょう。
 普通、妻の働いている場所で、やるバカはいないだろう。 浮気相手の、女も女ですが、新婚ですよ、もう少し考えて行動してほしいものです。 私の家で働いている、メイドのおばさんが、花嫁のお母さんです。
 アメリカ人と娘は、大喧嘩をしているといいます。 厳重注意をしてやると、バリオ・バレットの娘の家まで行くというおばさんです。 情けないないアメリカ人です、日本人に使われているフィリピン人のメイドに、説教をされるのですよ。
 話を聞きつけたのか、マリカーを連れて、ビコールワイフがやってきます。 マリカーにあげるホペというスナック菓子を、写真に収めていると、ワイフが、テーブルの上の、私の食べかけのスナック菓子を、むんずとつかみ、メイドのところへにじみ寄ります。
 おい、それ私のスナック菓子だろう! と心で叫びます。 ワイフは、よほど腹が空いていたらしく、スナック菓子の袋に、無造作に手を突っ込み、わしづかみでボリボリと、あっという間に食べてしまいました。
 ワイフの横にメイドが腰掛けています。 少しはメイドにお菓子をあげるのかな、と思って見ていましたが、そんなことをするワイフではありません。 メイドと話をするワイフです。 いっしょに乗り込んでやろうか、なんて話しているのでしょう。
 ラニーも、腹が空いたのか、寝床から起きだしてきました。 メイドのおばさんが、いよいよ出かけることになりました。 親切なのか、寝ぼけているのか、早く飯を喰いたい一心なのか、ラニーがハイウェイに出て、おばさんを見送ります。





 大胆不敵なアメリカ人、図体がでかけりゃ、考え方も大雑把ということですか。 それとも、どこの国にでもいる、スケベが趣味のおやじなのか、いまさら後悔しても始まりません、お金で解決してもらうしかありません。
 情熱的な太陽が、スケベに見えたアメリカ人よ、心の針を正しなさい。 なんて、人のことなど言えない私は、ビールでも飲んで、身体を清めたいと思います。 
 

2008年1月21日(月) 晴れ晴れ
アロヨ大統領とニアミス

 私が結婚式に出席した、アメリカ人の新郎、さっそく浮気がバレて、新婦に袋叩きです。 新婦は、アメリカ人と浮気相手の女に、何発もビンタをくれたそうです。 新婦のお母さんは、私の家で働いているメイドです。
 一緒に、実家のミンダナオに帰るといいます。 帰るのはいいのですが、メイドがいなくなれば、私の家が困ります。 それもこれも、アメリカ人のスケベおやじのせいです。 なんでスケベおやじのとばっちりを、こっちが受けなければならないのか、スケベは、ほどほどにしなければなりません。
 同級生の首を絞めて、殺そうとしたデッカチ君。 殺人未遂で、小学校を停学中でしたが、お許しが出たのか、きょうから学校です。 停学中なのに、自分の家で反省もせず、元母親のラニーが住むこの家で、遊びまくっていたわけです。
 きのうは、自宅のあるオロンガポへ、帰らなければならないデッカチ君です。 朝からみんなで、早く帰れだの、清々するだの、ただ飯喰らいは出て行けだの、女々しい野郎だのと、デッカチ君に罵声を浴びせます。 評判悪いよデッカチ君。
 リビングの床に、突っ伏して、帰りたくないよと、駄々をこねて動かないのですから、赤ちゃんの世界です。 それが、チンチンに毛の生え始めた男のすることか。 情けない、だから殺人も出来ずに未遂に終るのだ。
 ビコールワイフなんか、そのザマを見て、頭がおかしいんじゃないのか、と言う始末です。 お終いだよデッカチ君、ビコールワイフに、頭がおかしいなんて言われた日には。 オンボロアパートに帰りたくない気持ちは分かる、でも、家でも奇形児は置いておけないんだよ。
 1人で来て、1人で帰れないデッカチ君は、母親のラニーと、妹の娘ガキが、オロンガポまで送って行くことになりました。 どこまでも迷惑をかけるデッカチ君です。 見送ってやろうかと表に出ると、ヘリコプターが低空で舞っています。
 アイリーンに聞けば、工事していた近所の橋が完成したので、アロヨ大統領が、テープカットに来ているのだと言います。 橋の周りは、人混みでとても近付けないと言いますが、こんなバカを見送るよりは、アロヨ大統領を見たかった私です。



 おっ、朝飯ですか、アジの干物に味噌汁というわけにはいきませんが、なかなかどうして、洋食も捨てたものではありません。 さあ、喰って、きょうも元気に暮らしましょう。     
 

2008年1月22日(火) 晴れ晴れ
マリカーの子守り

 きらわれ者のデッカチ君もいなくなり、娘ガキも学校へ行き、これは静かに昼寝ができるぞ、と思っていたら、マリカーが、部屋にトコトコと入ってきます。 どうしたマリカー、と言うと、キャンディと答えます。 そうか、キャンディがほしいのか。
 マリカーに、キャンディを1つあげて、部屋から出ていくのかな、と思ったら、キャンディの袋を開けてと言います。 はいはい分かりましたと、袋を開けてやり、キャンディを取り出してあげます。 キャンディを口に含み、口をモグモグと舐るマリカーです。
 さあ、出て行くのかなと思ったら、ビスケットというマリカーです。 あのねマリカー、おじさんは眠いんですよ、と言ったところで、分かるわけはありません。 ビスケットね、はい、ビスケット、袋を開けてって、またそれですか。
 ベッドに横になれば、私の頭を引っ叩くマリカーです。 結局、午前中は、マリカーの相手をしてお終いです。 
 きのう、停学も終わり登校したデッカチ君。 元気に学校へ行って、勉強をしているのだろうな、と誰もが思っていました。 ところが先生からラニーの携帯に、一報が入りました。 きょう、学校へ来てくれというのです。 
 なぜかといえば、ひさしぶりの学校に興奮したのか、先公を皆殺しにしてやると、悪態をついて騒いでいるのだそうです。 始まったかバカが ですよね。 また停学か、ということは、この家に戻ってくるということですか。 いい加減にしてほしいデッカチ君です。
 こういう奴は、一発ぶん殴ってやらないとダメなのでしょう。 それとも、首輪でも買って、犬と一緒に繋いでおきますか。 おや、いまラニーが、オロンガポへ行ってくると、出かけていきましたよ。 ご苦労なことです。
 私の狭い部屋を、増築することになりました。 材料費と賃金が掛かりますが、まあ、いいでしょう。 私はやりたくないのですよ。 でも、今朝、もう材料が運び込まれています。 好きにやってくれ、ちくしょう! 鉄筋にセメント、ブロックはまだですね、電気の工事まできています。
 どんな風になるのか、楽しみで、涙が出ますね。



 さて、建材や材料の単価と個数のチエックです。 やる以上、アバウトは許しません、ごまかしは効きませんよ、私は1日中家でブラブラしているのですからね。 とうぶんの間、玄関先で現場監督をしなくてはなりません。
     

2008年1月24日(木) 晴れ晴れ
貧乏人根性 ビコール一家の横暴

 きのうは、日本からのお客様が遊びに来ましたので、日記の更新が、出来ませんでした。 飯友さんは、宮城県の仙台から、バターンの奥さんに、会いに来たのだそうです。 2週間ほど滞在して戻られるそうです。 
 海にでも行って飲みましょうか、ということになり、近くの海へ、ジンを持って出かけました。 青い空に群青の海、そして白い砂浜は、もう夏の予感です。 ジンを飲みながら、時を過ごします。 爽やかな風に吹かれて、あっという間に時間は過ぎます。
 一昨日から、私の部屋の増築が始まりました。 ブロックやセメントなど、建築資材が次々と運び込まれてきます。 基礎部分の枠組みが完成して、一夜明けると、すべてぶっ壊されています。 やったのは、もちろんビコール一家です。
 アイリーンに、みんなの承諾を得させて作業を始めたはずです。 なのにこのザマです。 ビコールが、酔っ払って壊したといいますが、完成間際になって、酔っ払ってビコールが帰れば、新築の部屋をぶっ壊すのでしょう。
 そんなことを繰り返されてはたまりません。 見切り千両です。 増築なんてやめます。 買った資材は、ぶん投げるなり、安く売りとばすなりして、もう片付けて下さい。 私も、気違いと同じ敷地内に住んでいるのを、忘れていました。
 というわけで、2日間で挫折した増築計画です。 アイリーンが、近所の笑いものになると言いますが、それで結構、笑いたい奴には笑わせておきなさい。 1番恥ずかしいのは、ビコール一家だろう、それでいいのです。
 人の噂も75日、2ヶ月もすれば、みんな忘れることです。 今後、どんな話があろうとも、もう私は、乗りません。 貧乏人は貧乏人なりに、生きればいいことです。 手助けなど一切しないと決めた私です。





 さて、後片付けはどうするのか、観察したいと思います。 資材など、なんに使っても結構ですが、早く玄関先をきれいにしてほしいと思います。


2008年1月25日(金) 晴れ晴れ
増築中止

 増築問題です。 ビコールの一件があってから、私は、すべてをやめなさいと言いました。 しかし、そのあとでも、測量士を呼んで、ビコールの持分の土地を計測しています。 そのお金だけでも、3万円です。
 測量して、ビコールが、納得したから、部屋を作ると言います。 私は、すべてをやめろと言いました。 じゃあ、ビコールとの境界線に塀を作ると言います。 境界線を作ったところで、部屋の増築は中止ですので、なんの意味もありません。
 こちらで塀を作ってやる必要もないし、ビコールが作るのが筋です。 それでも、塀を作ろうとしている、アイリーンです。 すべてをやめろと、言っている意味が分からないのでしょうか。 セメントやブロックが、もったいないという理屈なのでしょう。
 まあ、15万円からの資材を買い込んでいますから、それは大金でしょう。 そんなものは、いりませんし、早く捨ててきなさいと、何度も言うのですが、それでも、なかなかふん切りがつかないのでしょうね。
 ビコールのために、大工の棟梁や、他の者の仕事が奪われたのですから、家族とすれば、死活問題です。 そこが、私の狙い目なのですが、案の定、ビコール一家は、みんなから総スカンを喰っています。 ワイフに罵声を浴びせる兄弟もいます。
 ビコールは、測量して確定した自分の土地は、近々売却して、農場に移ると、言っているみたいです。 あたり前の結果です。 境界線の塀は、もちろんビコールに作らせます。 竹細工が得意ですから、竹の塀を作ると言っているそうです。
 増築に関しては、もうやる気はありません。 たとえ、ビコールが、農場へ移転してもやりません。 ぐずるようでしたら、伝家の宝刀、俺が出て行くで決着したいと思います。 アパートを借りたところで、月1万円です。 なんの問題もありません。
 大工の棟梁と、使用人には、わずかばかりのお金をあげて、ミンダナオ行きのチケットを買ってやり帰します。 今朝、アイリーンが、そういうことで、話はつけました。 じわりじわりと追い込みますよ、ビコール一家を。
 トライシクルや大八車を、狭い自分の土地にしか置けなくなったビコールです。 別に、増築しないわけですから、私のところへ置けばいいのですが、ビコールにもプライドがあるのでしょう。 バカな奴ですよね。
 まさか、捨てはしないだろうと思われている、セメントにブロック、鉄筋に木材ですが、きれいに処分してやります。 トラック3台分の砂だけは、庭に均(なら)さなければなりません。 それで、すべてを終わりにしたいと思っています。


 
 今回、1番悲しんだのがアイリーンです。 自分の部屋は持てないし、周り近所の目はあるし、家族の手前もあります。 何度も泣いていましたが、そこはフィリピン人です。 1時間もあれば、ケロリとしています。 どういう神経なんでしょうね。
 

2008年1月26日(土) 晴れ晴れ
事件の真相

 ビコール家との境界線は、ビコール家の建つ家にぎりぎりのところでした。 それでは家に入れないだろうということで、アイリーンが、横道にと、1メートルの幅で通路をくれてやりました。 これで、境界線は、はっきりとしたわけです。
 べつに、増築などしないのだから、こちらの庭を自由に使っていいですよと、ビコールには伝えてもらいました。 トライシクルや水牛や大八車を置くには、幅1メートルの通路では、狭いと思ったからです。 もちろん、私は、境界線に何も手を加える考えはありません。
 ビコールは、なぜ仕切りの塀を作らないのだと、驚いているみたいです。 周りのみんなは、私がやさしずぎると言います。 でも、庭など、ただの広場ですから、子供が遊んだり、物を置いたりしてもらえれば、それで結構なのです。    
 今朝、杭を打つ音がします。 窓を開けて外を見ると、ビコールが、竹の杭を、境界線に打ち込んでいます。 有刺鉄線を張り、フェンスを作っています。 なにも、そんなことをしなくてもと思うのですが、多少は、反省しているというところなのでしょう。
 有刺鉄線も、1本張っただけです。 こんなフェンスでは、格好が悪いと思ったのでしょうか、私に、ブロックで塀を作ってくれと、ビコールが頼んでいると言います。 そんなことを言わないで、庭を使えばいいんじゃないのかビコール。
 資材も、置いておくだけでは、じゃまになるだけです。 私が、あそこを直せ、ここを直せと言うと、賃金が発生しますので、私の口からは、なにも言えません。 好きに使ってもらって、余ったら処分するしかないのでしょうね。
 事件の真相を突き詰めれば、ビコールワイフが、隣近所によからぬ噂を流し、それが、驚くほど単純な頭のビコールの耳に入り、大暴れとなったみたいです。 酔って帰ったビコールを、ワイフがけしかけます。 ひとたまりもない構図が、そこにあったわけです。
 おやっ、有刺鉄線が取り外されていますね。 フェンスは、やめたのかなビコール。 子供がいますからね、有刺鉄線は危険です。 それとも、竹細工でいくのか、まあ、見て楽しみましょう。



 わずらわしい問題は、もう結構です。 だだ私は、静かにのんびりと暮らしたいだけなのです。 きょうも、片付かない玄関先で飲むしかありません。 また、ひと波乱は、あるのでしょうね。 やれやれです。  


2008年1月27日(日) 晴れ晴れ
ポリスが来る日

 きのうの夜、私の部屋の窓が割られました。 玄関先でみんなで飲んでいたわけですが、その間に割られたのでしょう。 犯人は、ビコールしかいません。 ビコールはといえば、今朝から農場にトンズラです。
 ビコールワイフに聞けば、ビコールはやっていないと言います。 やっていないと言い切ることは、やった奴を見たのでしょうか。 きのうは、街のキャプテンに報告をして、きょう、警察が来ることになっています。
 ビコールの犯行となれば、もちろん刑務所行きとなります。 保釈金が、10万ペソです。 保釈金を払わない限り、一生刑務所暮らしになります。 おそらく、ビール瓶を窓に投げつけて、割ったのだと思います。
 もし、刑務所行きにならなかった場合は、父親と母親はミンダナオへ、リッキーとケチ女房は、女房の実家の、秘境アブラへ引っ越します。 この家は、売りに出すとのことです。 私も、アパートを探して、引越しの準備をします。
 気違いには、常識など通用しません、よく分かりました。 きのうは、危ないからと、リッキーの部屋に寝かせてもらいました。 今後、どういう展開になるのか分かりませんが、きょうは、忙しい1日になりそうです。



 いま、表を見てきましたが、屋根の上には、ブロックのかけらが乗っています。 窓の外は、ブロックにビール瓶、コーラの瓶、ブランデーのボトルが散乱しています。 なにを考えてこんなことをするのか、さあ、アイリーン警部、仕事だ!
 

2008年1月28日(月) 晴れ晴れ
今日こそポリスがやって来る

 きのう、壊された窓の、現場検証をして、ビコール逮捕という段取りの予定でしたが、日曜日なので、ポリスが来ないのだそうです。 1日野放しとなったビコールですが、きのうは、さすがに家には寄り付きませんでした。
 ランディーに偵察に行かせたところ、自分の農場で仕事をしているといいます。 ならば飲みましょうということで、玄関先でみんなで飲みました。 いろいろ話をすると、今後どうなるのかが、少しずつ見えてきました。
 まず、市長と警察で現場を見にくるそうです。 そこで、ペーパーに、市長と警察と被害者家族がサインをすれば、有罪決定です。 ビコールが捕まれば、そのまま刑務所行きとなるそうです。 刑務所は、州都イバの手前の街にあります。
 刑期とか、一応はあるのでしょうが、1度入ってしまえば、まず出てこられないそうです。 各刑務所によって違うみたいですが、ここの刑務所内では、食事は出されません。 お金を持っていても、売店などありません。
 なので、受刑者の家族が、毎日、弁当を持って、差し入れなければなりません。 差し入れがなければ、飢え死にするそうです。 ここから、刑務所まで、片道1時間の道のりです。 ビコールワイフが、毎日通わなければ、それだけで、ビコールは死んでしまいます。
 運良く死なずに刑期を終えても、お金を積まなければ出所できません。 たとえ、お金が用意できたところで、被害者家族が、ノーと言えば、そのまま出られないないのだそうです。 つまり、一生刑務所暮らしということになるのだそうです。
 とりあえずは、ビコールが逮捕されないことには始まりません。 どんな展開になるのか、ビコールは、きょうも早朝から、農場に逃げています。 ポリスに抵抗すれば、即射殺です。 自分でやったことのツケです、きちんと清算してもらうしかありません。



 これからの展開次第ですが、アパートは、ミンダナオから帰って来た、メイドのおばさんに探させています。 まだ、なにがあるか分かりません。 慎重に行動したいと思います。
 

2008年1月29日(火) 晴れ晴れ
魚の買い付け

 きのうは、気分転換に、海へ魚の買い付けに出かけてきました。 アイリーンの親戚で、私の小間使いの男と、とっつぁんの親戚で、農場の使用人の男が一緒です。 ♪ 海は広いな大きいなぁ、と歌いながら、リッキーのトライシクルで浜辺へ向かいます。
 浜辺に着いて、まずはビールです。 ビールを飲みながら、漁から戻るバンカーボートを待ちます。 1艘 (そう) 2艘と、沖から帰るバンカーボートに駆けつけます。 ビールを飲んでいるところからは、だいぶ距離がありますので、疲れます。
 どのバンカーボートも、魚は獲れていません。 そのうち昼になり、手ぶらで家に帰ります。 午後からのほうが獲れるので、午後にもう1度行こうといいますが、もうクタクタです。 午後は、玄関先で飲むことにしました。
 ビコールの件ですが、まだ警察がきません。 ここは私の家ではありませんが、望めばある程度のことは、してあげないといけません。 それが、裏目に出たわけでもないのでしょうが、今回の事件となってしまいました。
 私とて、湯水のようにお金を与えているわけではなく、月、家族で5万円の生活費を渡しているだけです。 なにも贅沢をしているわけでもなく、どこへも出かけるわけではありません。 車もバイクも自転車も持っているわけではありません。
 窓ガラスを、ビコールが割っているのを目撃した人がいました。 向かいのカラオケ屋のおばさんです。 その夜、酔っ払いのビコールとワイフが、喧嘩をしていたそうです。 その勢いで、ビコールが、窓ガラスを割ったのだそうです。
 前も同じです。 酔っ払ってワイフと喧嘩をすれば、この家を壊しにかかります。 その時は、街のポリスがきて、厳重注意をされているビコールです。 ポリスを呼んだのは、おっかさんです。 そのようなことで、今回は、注意だけでは済まされないでしょう。
 どうなるかは、分かりませんが、家族は全員怒っています。



 きょうは、午後から浜辺へ行き、活きのいい魚を仕入れてきたいと思います。 期待はしていませんが、暑い日差しの下、のんびりするのもいいものです。  
 

2008年1月30日(水) 晴れ晴れ
怒るリッキー刑事

 きのうは、昼飯を食べてから、魚の買い付けにと浜辺へ行く予定でした。 ところが、ここで問題が発生します。 裏庭に置いてあった、リッキーのバッテリーチャージャーが、2個盗まれたというのです。 そんなところに、バッテリーチャージャーがあるなどとは、一部の人間しか知りません。
 私も知りませんでした。 トライシクルのバッテリーに充電するために使っていたといいます。 貸し出しもしていたそうです。 1個3千ペソ、2個で6千ペソといいますから、安くはありません。 誰がかっぱらったんだ いったい、と言っても、あいつしかいないでしょう。
 お金に困ってやったとすれば、ジャンクショップ(リサイクル屋)に売りとばすはずです。 まさか、いくらバカでも、近所の店には売らないでしょう。 でも、バカだから、それは分かりません。 リッキー刑事の、ジャンクショップを中心とした捜査が始まります。
 犯行時間は夜中です。 朝から夜まで、誰かしら家に居ますので、昼間の犯行はあり得ません。 夜中に敷地内に入れば、放し飼いの2匹の犬が、けたたましく吠えます。 裏庭にも、2匹の犬が繋がれて待機しています。 見知らぬ人間には、もちろん吠えます。
 それをくぐり抜けての犯行ですから、犬と顔見知りの者の犯行、ということもいえます。 裏庭には、まだ洗濯機や、電動ポンプなどの、金目の物があります。 バッテリーチャージャーにしたって、重い物だと思います、素手で街中を移動したのではないでしょう。
 今朝も早くから捜査に出かけた、リッキー刑事です。 狭い街です。 なんとかバッテリーチャージャーを、見つけてほしいと思います。





 バッテリーチャージャーがなければ、トライシクルの営業が出来ないリッキーです。 死活問題がまた発生したわけです。 いつビコールを取り締まりに来るのか、なんとものんびりとした日々が過ぎていきます。
 こんなことでは近いうちに、酔っ払ったビコールが、またひと暴れしますよ。 夜間外出禁止令を、早く解いてほしいものです。
 

2008年1月31日(木) 晴れ晴れ
ポリスが来ない訳

 きのうは、再びバターンから飯友さんが来まして、明日、日本へ帰るということです。 送別会でもないのですが、飲みすぎてしまい、起きたのが8時を回っていました。 奥さんと一緒に日本へ帰られるそうで、お気を付けてお戻り下さい。
 さて、遅々として進まないビコール問題です。 なぜポリスが来ないのかと話を聞けば、元軍隊にいたビコールの後輩連中が、この街のポリスらしいのです。 そんなこともあり、街のポリスは、ビコール様には手出しを出来ません。
 そこで、市長にお願いして、他の街の警察に頼んでいるのだそうです。 犯罪が多いのでしょう、暇ではないらしく、なかなか来られないらしいのです。 時間が必要です。 でも私の選択は、ビコールがいなくなるか、私がいなくなるかです。
 どこかいい新天地はないかと、きょうから探します。 ミンダナオに、おっかさんが、広大な土地を持っており、そこに家を建てる案が1つ。 オロンガポ周辺に、賃貸のアパートを借りる案が1つ。 ダダの借家を借りて住む案が1つです。
 全部で3つの選択肢です。 私は、タダの借家の案がベストだと思います。 タダで借家が借りられるのか、とお思いでしょうが、可能なのです。 大家にまとまったお金を渡します。 15万ペソから20万ペソだといいます。
 それで、2〜3年の賃貸契約を結びます。 渡したお金は、大家に貸したお金と理解するのだそうです。 それの金利分で、家賃の支払いが行われるわけです。 満期がくれば、渡したお金は満額返済されます。
 もし、返済が不履行であれば、借りている家は、私のものとなります。 家を処分して、貸付金を回収すればいいわけです。 契約すれば、別に私が住まなくとも、又貸し出来ます。 10件も契約して賃貸に出せば、いいビジネスにもなるわけですよね。
 メイドのおばさんが、スービックに物件を見つけてきましたので、本日、見学にでも行こうかと思います。 バレットのアメリカ人の家が、その契約だそうですので、まんざら嘘でもないのでしょう。 中途解約でも、返金されるとのことです。
 とりあえず、タダで家を借りて、ビコールが逮捕され、いなくなれば、こちらに戻ってきて、タダ家は賃貸に出します。 もしダダ家の話が本当であれば、数軒のタダ家に投資をして、家賃を稼ぎまくればいいだけです。 なんのリスクもない投資です。


 
 今年、最初の月も今日で終りました。 出だしから、とんでもないことになっていますが、なんとか乗り切らなければなりません。
 ご心配をお掛けしています。 どんな展開になるのか、私の身の振り方はどうなるのか、ビコールの逮捕はあるのか、来月も事件の続きをご報告していきます。
 


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